<2> 家へ入れよ  Entra a mi hogar


 サンティアーゴ・デル・エステーロの演奏家はシブい、音楽もシブい。サルタのロマンチックなサンバにカンシオン、コルドバのセレナータの潮流の間に挟まってどうしてこんなにシブいのか……。どんどんサンティアーゴ音楽に傾倒しながら、考え続けた。まず、チャカレーラやガート、エスコンディード等の比率が高い特徴に注目した。 "chacarera proyecto"の「チャカレーラを踊ろう」にも書いたが、これらの舞曲は構成上4〜8小節を繰り返す楽曲形式のため、曲が増えるほど似てしまうという宿命を背負っているのだろう。これは3コードの繰り返しが多いチャマメにも言えることだ。また、サンティアーゴは楽団演奏のイメージが強かったこと、アバロス兄弟のように、私が初めてレコードを手にしたときからじっちゃんたち(ごめんなさい!)という印象が強かったこともあったかも知れない。
 1980年頃からのサンティアーゴ音楽は、かなりモダンな味が強くなっていた。ファリアス・ゴメス家の長兄チャンゴ、そして妹マリアンの音楽は才気に溢れ、現在のモダン・フォルクローレも、チャンゴが仕掛けたロス・ウアンカウアやグルーポ・ボーカル・アルヘンティーノのサウンドを未だ超えてはいないと思うほど、超越的であった。チャカレーラやガート、エスコンディード等のシンコペーションに満ちた6/8拍子が、モダンなセンスを自然に引き寄せているのかも知れないと思った。この性格は、聞きやすいとか覚えやすいというものとは正反対で、噛み応えのあるもの、「好み」が分かれる一種のプログレッシブなものだった。だがこの特徴がやがて1990年代に入り、ロックやジャズのミュージシャンたちをチャカレーラに引き寄せる役目を果たしたのだろう。
 ただ、この頃のアルゼンチン・フォルクローレの牽引役は、やはりサルタだった。80年代半ばにはチャマメが相当のブームとなりレコードも次々と出てきたが、踊ってこそチャマメ、なのであって、歌曲・楽曲としてはサルタは圧倒的であった。
 そんな80年代の半ば、明るく楽しく温かく、一度聴いたら忘れられないサンティアーゴの曲を聴いた。『家へ入れよ』 "Entra a mi hogar" である。それ以前からフリオ・アルヘンティーナ・ヘレスやマリオ・アルネード・ガージョの、美しいチャカレーラやサンバのメロディは知っていたが、ウァイノ調のこの歌は、もっと広い層に受け入れらるような気がした。
 私はこの歌をマンセーロスの演奏で聴いていた。やがてミチオ・セガがサンティアーゴから帰ってきて、作者自身の歌う『家へ入れよ』を聴くことができた。携帯用カセット・レコーダーで録音したノイズの多いテイクではあったが、大感激であった。そしてこの曲が、ミチオと私、私の家族の交流が始まるきっかけとなり、やがてフアン・カルロス・カラバハル "Juan Carlos Carabajal" との結びつきを導いてくれたのだ。
 クティとロベルト・カラバハルやロス・カラバハルのテイクを聴くことができたのは、それから後のことだ。私たちはこの曲を何度かコンサートで歌ったし、ロス・ライカスの日本盤でも『私の家族になっておくれ』という題で収録されている。作者のフアン・カルロスは2001年、エル・レフンテ "El Rejunte" を率いて来日し、水戸、福島・川俣、新潟、東京でこの歌を歌ってくれたから、耳にされた方はかなりはおられるはずだ。だからもっとポピュラーになってくれたらうれしいのだが……。
 「扉を開けて家へ入れよ 友よお前の席がある 歩みをしばらく止めないか……お前が太陽を連れてきて おれの心はこんなに愉快 優しさ溢れる素朴なその手が 卓を温め くつろがすようだ……」(瀬賀倫夫詞)
 『家へ入れよ』は、私の家ではいつまでも大切にしたい宝物だ。ちなみにフアン・カルロスは作詞。作曲はペテコ "Peteco Carabajal" である。私の家族はこの2人の作による『家へ入れよ』『テーブル』『人生の歌』 "Entra a mi hogar (canción) - La mesa (canción) - Las coplas de la vida (chacarera)"を合わせて「フアン・カルロス・カラバハル三部作」と呼んでいる。お聴きになる機会があったらぜひ耳を傾けていただければ、とてもうれしい。
<ffuma takao 2006.2.5>

★フアン・カルロス自演の「家へ入れよ」は、残念ながら本文に書いた音源以外のテイクがありません。『テープル"La mesa"』は Juan Carlos Carabajal y El Rejunte"Pedacitos de alma"(2001)に収められているので今ならまだ入手できると思います。


<3>へつづく
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