<6>音楽も”宝の山”のインターネットだが……


 格差社会はとてもいやだ。でも”情報格差”だって恐ろしい。わが家の地域は日本にわずかに残る通信インフラ未整備の情報過疎地域。かなり早い時期にISDNを導入していたのに、その後は全く進展がない。東京から40キロメートル、近くでは4号と16号国道が交わっているけれど、回線収容局との距離が遠くてADSLさえ使えない。あの川の向こうまで光ケーブルが来てるのに! そんなストレスに歳をとって根気がなくなるのも加わり、新しい記事をかくのもズルズル先延ばし(なんて更新をサボった言い訳で書き出すとは、われながら情けない……)。
 実は先日、音楽仲間からYouTubeの画像データをいただいた。最後にこのサイトを見たのは1年くらい前で、ストリーミングやダウンロードの遅さにうんざりして最近は全く見ていなかったのだが、”再試行”してみる気になった。
 驚いた驚いた。敬遠している間にこんなにたくさんの動画がネットの上を飛び回っている! さっそく "carabajal"で検索すると、ぞろぞろ出てくる。ペテコ、デミィ、ロクサーナ、ちょっと少ないけれどもちろんロス・カラバハル、FMラジオ局で収録中のクティとロベルト……おーおー、数え切れないなあ。ハシント・ピエドゥラ(1991年に事故で逝去)の動く映像にも初めてお目にかかれて! 感激した。"Manseros"検索もたくさん出てきて、次世代マリオ・パスが新加入のステージも見られる。
 2008年コスキン祭の映像だっていくつもあるのだ。ステージはもちろん、インタビューの映像=ロス・トゥク・トゥクのリカルド・ロメロの死を悼むマリオ・カラバハル(ああ、すっかり白髪になってる)、ロス・カラバハルについて語るギタリストのルイス・サリーナス、そのほかロス・カラバハルと元メンバーのマリオ・アルバレス・キロガが肩組み合って喋っているショットなどなど。
 だがこの膨大な情報は、現在〜最近のものが大半であることが残念だ。しばらく前までは映像記録がそんなに多くなかったからそれは当然であろう。でもロス・トゥク・トゥクやロス・チャルチャレーロス(製品版DVD!?やTVの映像が多い)は良い方で、一世風靡であったロス・キジャ・ウアシなどは極めて少ない。それでも、この映像は何だ? とクリックしたら、歳を重ねた面々と若い新メンバーとの演奏シーンが現れた。これもITの恩恵であるかなあと、感じ入った。

 そんなわけでついロス・キジャ・ウアシ "LOS CANTORES DE QUILLA HUASI" の歌声を載せてみたくなった。1950年代半ば〜70年代のアルゼンチン・フォルクローレを代表するグループの一つとして一世を風靡した、その魅力的なコーラスについて書き出すとたくさんあるので、それは機会を改めてということにして……。

 しかしたかだか1、2分程度の動画を見るのに10〜20分もかかってしまうから、イライラの連続である。上記の話にはまる1日くらいかかっていて、しかもちゃんと見られたのはそのうちの数点。トホホ……である。あらためて情報格差の恐ろしさを実感し、ブロードバンド環境でご覧になれる方々を心の底からうらやましく思い、通信インフラ整備の遅れを呪っている。
 同時に少し心配になった。すべての音楽ジャンルでネットの情報は見たい・識りたい人には宝の山。これをインデックス=手がかりにして欲しいCDやDVDを手に入れようとしてくれるなら、また、ライブやコンサートに出かけてくれるなら、音楽ファン仲間としては喜ばしい限りだが、逆に「間に合ってしまう」感も醸成されてしまうのではないかと。世界中の人が見られるのはすごいことだけれど、肝心の本場本国においてさえCD等の売り上げが冷え込んでしまったりしたら……、現に日本の音楽市場ではそんな現象が着々と進行中らしいのだから。

 かつてあるフォルクローレ愛好会のためにだいたい次のような文章を寄せたことがある。
 ----「百聞は一見にしかず」というけれど、音楽は「百聞」して欲しい。好きなジャンルでいいからたくさん聞いて欲しい。そうすれば一見できたときにいろんなことが分かってくる。見たことだけで全体がわかってしまうと思い込んだら、せっかくの豊かな音楽世界がもったいない。18世紀のヨーロッパへはタイムマシンでもなければ行って見ることはできないが、現在の世界だったら可能性がある。だから「一見できる前に百聞を」----。
 今回何よりもビックリさせられたのは、ビオリンの名手ネストル・ガルニカの動画であった。CD発表のずいぶん前から大好きだったのだが、近年ようやく出された2枚のアルバムを聞いて「なあんだ、歌声のバックに回ってしまって、もったいないじゃないか」と惜しんでいたのだ。ところがなんと、ネストルはビオリンを弾きながら同時に歌っている! 想像を絶するこの画にヘボ・ビオリニスト=私は驚愕してしまった。……でも、十数年来のお気に入りで何度も録音を聞いていたから、即座にこの画の重さがズシリと伝わってきたのである。そうでなかったら「お、すごい(変な)ビオリニストがいたぞ。面白い、面白い」程度の印象で、この強烈なインパクトは生じなかったかも知れない。

 正月休みに泊まりに来たサンティアーゴ音楽熱烈愛好家のYanaと、そこそこの睡眠時間をはさみだいたい10時間ほどぶっ通しでレコードを聞いたことがある。彼は若くて私より情熱的だから、きっと「『百聞』して欲しい」という思いもさらに次の世代に伝えてくれるかな? ……なんて、遅くてどうしようもない”お宝映像”のDLを待ちながら、ふと思ったのであった。
<ffuma takao 2008.9.10>

(9.13追記 ??もしかするとドン・シスト・パラベシーノは、ずっと前から弾きながら歌っていたのではないだろうか、という疑問が……。なにしろ映像は20年前のコスキン祭の舞台姿しか見ていないものですから。これから遅〜〜い通信環境の下でなんとか調べてみることにしましょう)
(追記2;訂正 実は、ペテコも弾きながら歌っていたのです。気づかなかったとは! 何たる不覚!……)


★1960年ヒット"Angélica"(Roberto Cambaré作)。キジャ・ウアシのCDは少ないのですが、聞きどころを復刻した編集版"Sus Mejores Temas" polydor 539345-2 は今でも入手可能かも。(音楽研究家の高場将美さんが書かれた素敵な日本語詞で、30年ほど前にはよく歌ったものです)


<7>へつづく
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