<7>進化する演奏家
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 前回の追記に書いたサンティアーゴ・デル・エステーロのドン・シスト・パラベシーノ "Sixto Palavecino" であるが、やはりビオリンを弾きながら歌っていた!
 1915年生まれのこの偉大なビオリン奏者は、キチュア(ケチュア)語で曲を作りビオリンを弾きひなびた民謡な感じで歌い、バンドネオンだって弾く。家族そろって音楽を奏でるが、かなりの年齢になるまでいわゆる“プロ活動”をしてこなかった文字通りのフォルクロリスタ。真にドンと呼ぶに相応しいと思う。
 ペテコ・カラバハルも含めて新旧世代の多くの郷土音楽家に影響を与え、やがてアルゼンチン中で広く知られ愛されるようになった。アルゼンチン・ロックの巨匠レオン・ヒエコが1986年に編纂した「ウシュアイアからキアカへ」というレコードでも、なにかレオンが愛情込めてドンを遇している感じがした。演奏していないときは床屋さんだという話を覚えている(今はそうではないと思うけれど……)。最高だなあ、こういう人って。
 ネストル・ガルニカ "Nestor Garnica" はさらに進化して、ドン・シストの基本3度音程の和声とは異なり歌とリズムが違うオブリガートやブリッジを弾く。

 ビオリン=バイオリンを弾きながら歌うのは全く珍しいというわけではない。「オッペケペ節」を作り流行らせた自由民権運動家・川上音二郎の名前はご存知だろう。政府を批判し、行動し、幾度も逮捕され牢屋につながれ、そんな経験から弾圧ををかいくぐるこんな社会風刺の歌の手法を作り上げたらしい。この流行に影響を受けて、明治の中期以降「演歌師」という人たちが次々と現れ、バイオリンを弾きながら辻々を流したという。現在のストリート・ミュージシャンの大先輩たちなのだ。
 私も少年時代にテレビで演歌師の再現映像を見たことがあって、ビオリンを手にする中年になってからそいつを思い出し、こっそり「あたみぃのかいが〜ん〜さんぽぉす〜るぅ」と歌いながら弾いてみたことがある。ただしこの奏法は歌とビオリンがユニゾンなので、案外簡単だ。しかしネストルは超絶技巧の奏者だから、驚かされる。
 アコーデオンを弾きながら歌うのは80年代チャマメのカリスマ、アントニオ・タラーゴ・ロスだが、一般にイメージしてもらえるのはドイツ民謡やロシア民謡、“うたごえ喫茶”などだろうか。さすがにバンドネオンはいないだろう……まてよ、タンゴのルーベン・フアレスがいたなあ、だったらフォルクローレ界にもいるかも……!キケ・ポンセ "Quique Ponce" がいた。弾きながら歌っているところを映像で見たら、ああ、やっぱり重ね録りじゃなかったんだ、うまい! こちらも進化してる。
 こんなふうに見てくると、広い世界にはまだまだこういう演奏をするプレーヤーがいるかも知れない、そしてもっともっと進化していくかも知れない、と想像しワクワクした。

 私は演奏するとき、たまにではあるが、「ギターのひき語りはフツーですが、バイオリンのひき語りをご覧にいれます」と言って、MCをしながらビオリンを引きずる真似する。語り口が下手ゆえ少しさむい笑いをかったところで「じゃあ、ケーナのふき語りを」と、ハンカチを取り出してケーナを拭く。著名な青森の放送人・マルチタレント・伊奈かっぺいさんのネタのパクリ(すみません!)であるが、本気でビオリンの弾き語りをしてみたいと思ったこともある。息子の智詠がよく一緒に演奏している岡田浩安さんは、笛を吹きながら声音でメロディーを重ねたりサンポーニャの重音を吹いたりする笛の名手。今度サンポーニャの吹き語りも強引にお願いしてみようか。
 楽器奏法の常識を覆すような新しい進化って、どんなのだろうか……この数日間の YouTube の宝探しと長い長いDL待ちの間に、そんなことを考えていたのであった。
<ffuma takao 2008.9.21>

★Sixto Palavecino "Mensaje Quichua" LAND ECD 56006 (1995) からアルバム・タイトルの“キチュアの伝言”。
Nestor Garnica "Aves de Libertad" UTOPIA 326 (539345-2 から "La Banda"。日本ではネストルのアルバムはタンゴを踊る人々の方が聞かれているようです。タンゴの合間にチャカレーラで格好よく……なのでしょうか。
Quique Ponce "Que cante el cantor"GLD GK 38339 (2006) から、バルスの佳曲"La Casa Nueva "。キケ・はロス・カンタウトーレスというユニットで来日したことがあります。


<8>へつづく
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